大学の友達から「サンデルみたいな参加型」の授業があると聞き、武田圭史先生の「情報と倫理」に飛び入り参加してみた。僕が聴講生にも関わらず、クラスでも最も積極的に発言していたために先生は困りながらも印象強く僕を覚えていただいた。官民で勤務経歴のある先生の特殊な背景を探ってみたい。
先生はどのような学生時代を過ごされましたか?
普通の大学生活を送りたくなかったので、防衛大学に行きました。学生が自治する全寮制で、それぞれ小隊長、中隊長、大隊長みたいに役割が任命されるんですね。最初は先ずペーペーの1年生で入り、石ころとか言われて厳しくしごかれましたが、2年生からだんだん指導する立場になり組織の管理を任されました。僕は大隊長を担当し、寮のふたつの建物を管理して500人ぐらいの組織を動かしていました。自分にとってマネージメントのいい経験でしたね。
当時は公務員みたいな堅い組織でしたから、どのように殻を破るかに一生懸命でした。規則を変えたり、古いけど昔ながらの意味なく続けている習慣を現代化するなど、組織革命みたいなことを大学の中で楽しみながらやっていました。先輩と後輩の風通しをオープンにすることで、ガチガチの組織が少し緩くなりましたね。
放っておいた方が楽だったのでは?
放っていてもストレスでしょ。だからそれを自分がいる時に自分が解決できるのだったら、あとから来る人たちにとっても適切な状態になる訳です。
我々のSFCでもやっぱり同じで、五年ほど前には履修選抜の結果がまだ掲示板に紙で張り出されていて、生徒がわざわざバスでここまで見に来ていましたが、これは21世紀にそぐわないことです。なので2年間かけてオンライン化を働きかけました。自分がおかしいなと感じたことを一生懸命変えていくことが多分自分の本質として好きなのだと思います。
大学卒業後に防衛庁に入られましたね。
航空警戒管制組織でレーダーシステムの運用をしていました。分かりやすくいうと、空の安全を見守って、おかしなことがあったら対応すると。日本を飛んでいる飛行機を全部監視していて、その中で怪しいことを探知したら地上から無線で警告したりしました。いざ戦闘みたいなことになれば、そこの戦闘の指揮を執るというような仕事です。
まさか戦争に近づいたということはありましたか?
そこまではないですね。ただ、外国の近隣諸国の政変とかがあるとやはり対応をしなければいけないので、そいいう世界のニュースが直接自分たちに関わり、場合によっては国々の接点にちょうど自分が立つっていうようなことがあるので、すごくやりがいはありました。
先生の専門である情報セキュリティーはどのように興味を持たれましたか?
安全保障の仕事をしているうちに、次に将来の戦争や紛争はどのような形になるのだろうかとか、あるいはそこで新しい防衛の形についてなど漠然と興味がありました。ちょうどそのタイミングでインターネットが出現し、「これはもしかすると世の中を変えるかもしれない」と直感しました。自分がこれからコンピューターを使っていくうちに、それがどれくらい安全か危険かということを判断できなかったら人に仕事を頼めないじゃないですか。だからサイバー空間の安全について勉強していきましたが、日本では海外ほどインターネットを積極的に利用しようという流れがなかったことに気づきました。ネットが世間では玩具扱いされていましたが、どのように安全確保するかということを自分でやり始めた感じです。
のちに民間のコンサルタント企業であるアクセンチュアに入社されましたね。
ちょうど日本でセキュリティーのニーズが高まってきた時期で、セキュリティー担当マネージャーとしてサービス自体を日本で立ち上げて軌道に乗せるまでやらせていただきました。それまでは一般的にネットワークやセキュリティーに関連する問題が発生しなかったので、そのような仕事もなかった訳です。ちょうどその頃にいろんな事件が起こり始めて、企業も本腰を入れてセキュリティー対策をするようになりました。日本のインフラを支えている企業のセキュリティーの現場を見ることができますし、そこを安全にしていくお手伝いをして、自分がそれまでにやってきたことを直接活かすことができました。
振り返ると、官民の経験を今どのように活かしていますか?
例えば官であれば官僚の考えていることや規制について分かりますし、民間についても同様です。それを分かった上で客観的に世の中が見えるので、あまり変なことに惑わされないと思います。
先生はアメリカに留学されたり教えられたことがありますが、日米の教育現場にどのような違いを感じられましたか?
生徒の持つ勉強に対する覚悟が結構違いますね。SFCの学生はよく勉強しますが、アメリカの学生はもっと勉強します。例えば日本の学生はあまり成績を気にしませんが、向こうではBとB+の違いなどをかなり気にして教授と交渉もしてきます。僕たちはそれをディフェンスしないといけません。また、学生達が履修する授業が少ない分、一回の授業に大体日本の二倍ぐらいの時間を費やします。SFCだと中間レポートの提出前や試験前とか忙しさのあまり「死んで」いますが、アメリカの学生は最初の1週間目のあとは基本的にずっと死んでいる状態が続きます。
あと、カルチャー的な違いもあると思います。 普段からいろんな人と話をすることに慣れていますので、授業中にガンガン発言や質問をしてきます。
アメリカから日本に持ち帰った取り組みなどありますか?
結構持ち帰っています。授業に取り組んだグループでの議論や共同作業は向こうの大学ではスタンダードです。向こうの大学では授業の進行を補助する学生アシスタントが自分たちで授業を開き、学生同士のサポート体制が充実しています。でも日本ではちょっとしたお手伝い程度で、さらに良くする余地があります。
最後に人生の中で影響を受けた本についてお聞かせください。
これはアメリカの陸軍士官学校のウェストポイントがどういう思想で教育しているかについて書かれています。士官学校の中で理不尽なことっていうのがいっぱいありますが、「このルールにはこんな意味があった」ということが書いてあって、自身の大学時代を思い出します。自分がやってきたことが今に活かせて無駄じゃなかっと感じます。
そもそも保険っていうのは何で生まれたかとか、確率統計で最初の保険はどういう風に計算したかとかについてです。ギャンブルの確率論の話から今のいろんなリスク管理の話に繋がっていきますが、社会をすごく確率的に捉えいて、人生そのものが確率論だということが分かります。日々の生活っていうのは全て確率事象だという視点を身につけました。
学生の時にお世話になった佐々淳行さんの著書ですが、リスクを管理する場面で司令官がどのような心構えで判断を下すべきかということを、実例を踏まえて記述されています。それがわりと今のセキュリティー絡みの仕事にもすごく活きています。
武田圭史先生プロフィール
1970年、兵庫県生まれ。1992年に防衛大学校(情報コース)卒業。翌年から防衛庁の航空自衛隊に勤務。1998年に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。次の2年はヴァンダービルト大学へ留学。2002年にアクセンチュア株式会社勤務。2004年にカーネギーメロン大学にて客員教員を務める。2009年から慶應義塾大学SFCにて教卓に立ち、現在に至る。
ローランド リチャード
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