「エヴァンゲリオン」庵野秀明監督のアニメ人生を探る

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つい半年前まで受験生だった僕は気晴らしにとアニメを見始めたが、その中で見た「新世紀エヴァンゲリオン」に衝撃を受け、アニメの虜になってしまった。そして今年の東京国際映画祭では監督の庵野秀明さんの特集が組まれ、幸運にも今回監督を取材する機会をいただいた。喜びと興奮ではやる気持ちを抑えながら尊敬する庵野監督へのインタビューに挑んだ。

 

庵野監督は学生時代からアニメなどの映像作品を制作されていましたが、始めたきっかけはなんでしょうか?

子供の頃からアニメーションという映像がすごく好きだったのと、アニメーションは絵で書けばそれが表現出来る、自分の頭の中にあるものを出来るだけ正確に描きたいというときはアニメーションがベストな選択だと思います。絵も好きでした。

 

昔と今のアニメの制作現場がどのように違いますか? 監督が初めて商業アニメに関わったときのお気持ちをお聞かせください。

アマチュアで描いている時とはプロのシステムが違うのでそこの戸惑いはありましたけど、絵を描くことに関してはそんなに変わることではなかったので、あまり感銘深いものはなかったです。あと、今も20年前、30年前もそんなに現場は変わっていないです。やっていることは今も同じです。デジタルということに関してはシステムの変更はありますけど、雰囲気とかそういうものは変わらないと思います。

 

どのような過程で作品を作りますか?ストーリーもしくは絵が先にきますか?

これは難しいな。ケースバイケースです。どれがどうというのは無いです。こういう絵から発想するときもあるし、こういう人を主人公にしてみたいというのもありますし、それはもうバラバラです。絵が多いです。絵が先のケースのほうが多いです。あとはシチュエーションですかね。こういうシチュエーションを描きたいとかが強いです。

 

監督の作品の中で街並の描き方にこだわりを感じますが、どういう風なところからインスピレーションを受けましたか?

人工構造物がすごく好きです。ビルとか電柱とか高速道路など、コンクリートと鉄で人が作ったものが大好きなので、その辺は好きなものはきちんと描きたいという自分の欲望みたいなところと、あと気をつけたのはそこのシステムに出来るだけ誇張はしても基本的に嘘はなくそうと。いい加減に描くのが嫌だったので、ここにこういうものがあったらもちろん、電車はちゃんと上下線であるとか、その下にある踏切とかそういうのもきちんと気をつけてやっていました。

 

庵野監督の作品にはレールがよく出ますが、それはどのような意図とか監督ご自身にとってどのような意味を持っていますか?

自分がどこかに連れて行かれるとか、レールの持っているイメージというものを間接的に伝えたいときに使っています。 例えば「式日」という映画に使っていた線路のレール。線路って交わらないのですよ。ずっと同じ距離を、レールとこのレールが交わることは一生ないというイメージで使っています。あとは、僕が子供の頃線路の側に住んでいたので、すごく鉄道が好きなんです。 様々な意図で、その時々に描いている感じです。

 

庵野監督の作品の中では様々な深層心理のようなものが描かれています。特にエヴァンゲリオンの作風なんかはそういったものがありますけど、 庵野監督ご自身の理由というのはあるのでしょうか?

アニメーションは記号で出来ている世界なので、その記号の中にどれだけ人間の生々しさというのが描けるのだろうというのが、テレビのエヴァンゲリオンのときの僕のテーマの1つでした。アニメーションはどこまで表現できるか。どこまでお客さんに伝えることが出来るのかというのをチャレンジしていたのはあります。それが伝わっているというのはうまくいっているということなので、それは嬉しいです。アニメーションでもこういうことが出来るのだと、やっておきたかったです。

 

テレビ版エヴァンゲリオンの終盤で、日本のオタクはそろそろ現実に帰るべきだと発言されていました。それ以降、何かしら監督自身の考えが変わりましたか?

基本は変わっていないのですけど、テレビの時はそれを全面に押し出していました。今は一種のあきらめがあり、全面に押し出すところまではないです。 そういうことをしても人は変わらず、今から見れば余計なお世話だったかなと思いますけど、あの頃はそれが必要だったと思うのです。必要なメッセージを必要なときに出そうとは思いますけど、今は違うメッセージの方が大きいです。

 

最近うつと闘って亡くなられたロビン・ウィリアムさんが、ご自身の主演映画にエヴァンゲリオンのフィギアを登場させるほどの大ファンだったそうなのでした。監督はこのことについてはご存知だったでしょうか?

いや、知らなかったです。残念です。亡くなったことは聞きましたけど、そこまでファンだったというのは知らなかったです。

 

庵野監督はアニメ業界の流れを変えたいということでスタジオカラーを設立されましたね?

まだまだです。あと、流れを変えたいとかではないのです。アニメーションを作る環境を維持したい。変えるよりも今は崩壊しないようにするほうが先なので、壊れないようにしたいです。人がいなくなるとかです。人手不足とか資金不足とかあと作品もどんどん作っているものが狭くなっていくので、日本のアニメーションは多様性をなくして、今はどんどん袋小路に入っていっていると思います。そういうものから打破したいというのはありますけど、変化ではなくまず維持が先です。それはまだまだ全然これからです。

 

庵野監督との対談で同じくアニメ監督をされている幾原邦彦さんが「事を成した人はみんな50代後半でしょ」とおっしゃっていました。庵野監督もそろそろその年頃になりますが、ご自身がこれから目指すものは何ですか?

僕が出来るのは出来るだけ面白い映像を作るだけなのですけど、もう僕も勢いのあるものを作るのは50代が最後だと思うのです。その年に合わせたものは作りたいのですけど、でも50代のうちに出来るだけ数は多くやっておきたいと思います。それは色々なジャンルで、実写もやってみたいしアニメもやってみたいし、今は数多くやりたいのですけど中々出来ない。後半頑張るようです。

 

クラシック音楽の皮肉な使い方、カメラの写し方など、個人的にはスタンリー・キューブリック監督から影響を受けたようにみえます。

キューブリックの作品の中で「2001年宇宙の旅」は好きですけど、そんなにはないと思います。影響は色々なものを見ていたので全部自分の経験と知識と見てしまった映像はもう自分の中にインプットで入っているので、どれにも影響は受けていると思います。子供の頃に好きだったもの、自分が住んでいた町の風景も、自分が読んだ本も含めて全て影響なので。

 

では最後に、庵野監督が影響を受けた作品についてお聞かせください。




イギリスの特撮人形劇で有名なジェリー・アンダーソンの作品は見てましたが、特に「サンダーバード」と「ユー・エフ・オー」は子供の頃すごく好きで見ていました。イギリスのドラマが持っている上品な感じと、あとはリアルな描写も含めてものすごくよく出来ています。あとは、ウルトラマンと宇宙戦艦ヤマトとあとは機動戦士ガンダムとか。影響と言うよりも好きなものなのでしょうがないですよね。どう言えばいいですかね。大好きです。

 
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庵野秀明監督プロフィール
1960年、山口県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科を中退後、大学のメンバーと一緒にアニメ制作会社GAINAXに参画。『トップをねらえ!』(1988年)で監督デビュー。1995年に『新世紀エヴァンゲリオン』の企画・監督を担当、のちに社会現象を起こす。2013年に宮崎駿監督の『風立ちぬ』で初声優・初主演。現在は自身が立ち上げたスタジオカラーの代表取締役社長を務める。


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ローランド リチャード

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1994年、東京生まれ。カナダと日本のハーフ。現在、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)に通っている。当サイト唯一の運営者。

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