この夏、電通でインターンしながら広告業界の実情やおもしろいこぼれ話について聞く機会を得た。この時に私の講師であり、打ち上げの時は受講生と一緒にはしゃぐ佐久間崇さんが印象的だった。佐久間さんについて詳しく知ってみようと、お話を伺ってみた。
電通というと、アイデアマンという印象があるのですが、佐久間さんはなぜ広告業界にされましたか。
僕はもともと意識高い系ではなくて、できれば働かないで遊んで暮らしていたいタイプでした。広告じゃなくても良かったのですが、人を喜ばせるとか楽しませる手段っていっぱいあると思うのですが、分かりやすくそれを仕事としているものをいいなと思いました。
それでまず最初はADKに入社されましたよね。
はい、でも当時は仕事がほとんどなかったです。雑用はあるのですが、「仕事をください」ってやっていました。僕が入ったのはクリエイティブの部署ではなくて、マーケットを探るプランニングの部署でした。ストラテジーや戦略みたいな話が多かったですが、仕事自体は普通でしたね。ちなみに今でもプランニングの仕事がメインです。
では、どのようにおもしろくしていったのですか。
若いときはそんなに全体像が見えていないからすぐにはなかなか面白くならないです。例えば、2、3年目くらいからは、コンペに勝つということに一番おもしろみを感じました。
コンペというのはクライアントの仕事をもらうためですか。
はい、社内や他社とのコンペです。それにいかに勝つか、アイデアと戦略を練ります。例えば競争相手の電通だったらこうくると想定したら、彼らが考えなさそうな、例えばイベントや団体とコラボするキャンペーンを提案していました。対象となるクライアントを大きく見せたり、社会的に意味のあるものとして見せるとか別の視点で考えるんですよ。それは単におもしろいCMをやるとかではなくて、存在価値自体を世の中的に上げましょうという戦い方ですとか。
戦いの目標を再定義してしまうのですね 。
CMって基本的に消費者に価値を伝えていくわけだけど、僕ならその商品の存在価値自体をもっと上げようとします。例えばトヨタとかに対して、今度はどういう車を出すのかというのは、全然違う技術を持ってきて差別化することを提案しますね。 ADKでは戦い方を毎回試行錯誤で提案することをやっていました。
のちに電通へ入社されますね。
競合プレゼンの戦い方を考えるのはとても楽しいのだけれども、1つ問題はプレゼンテーションがゴールになりがちです。でも本当は世の中に対してアクションをしてどう目的を達成できたか、あるいは世の中に良い何かを影響を与えることが本当は1番大事なことだと思います。そういう意味では世の中に対しての打席数を増やせる環境の方が良いかなと思って電通に入りました。
ADKという会社に育ててもらったという思いもあり、仲のいい人もいっぱい居る家族のような会社だったので、当初は辞めるのを考えていませんでした。でも長い目でみたら「あと30年働くんだよな」と思い、まだいろいろと経験した方がいいと感じました。
もしお子さんに「パパは何の仕事してるの?」と聞かれたらどう答えますか。
子供にわかりやすくCM作ったりしてる、と言います。でも毎回僕がやっている仕事がある意味コロコロ変わるから「何でも屋さん」に近いですね。
仕事において共通のテーマはありますか。
共通のテーマは「発見」かな。
例えば今はソフトバンクのPepperというロボットの開発のキャラクターの部分を担当しています。Pepperはいわゆる人の言うことを聞くスマートフォンではなくて、自律的な意思を持って家族の一員のようになるキャラクターなので、ときに予想外のことを言ったりとかすることが大事なんですよね。だからしゃべる内容やジェスチャーなど、話す言葉の演出をしているような役割です。
問題が出てくるたびに、「こうしようよ」と解決法を探して繋がっていくところに発見があり、それを積み重ねていきます。あるCD(クリエーティブ・ディレクター)から「クリエイティブは弁証法的であるべき」みたいなことを聞きました。確かにテーゼとアンチテーゼがあり、それに対する新しい解釈としてのジンテーゼを出してどんどん螺旋状に進化させていく。対立構造の中で新しいものを発見するというのが、僕の一番やるべき仕事ではないでしょうか。
佐久間さんが今までやった仕事の中で思い入れの深いものは?
いっぱいありますよ。2010年の南アフリカのワールドカップの時に、ガーナに1か月ほど滞在して、テレビがあまりないアフリカの地域にソニーのプロジェクターを持っていって、パブリックビューイングをやってとても盛り上がりました。
あとラーメン屋を作った仕事もよかったです。日清の太麺カップ麺「太麺堂々」を売り出す際に、まず太麺の人気を世の中に認識させました 。当時つけ麺が流行っていたのですが、ラーメン王の石神秀幸さんと一緒に一番おいしい製麺屋さんとスープの評判が高い博多のお店をコラボさせて、高田馬場にて期間限定で出店しました。その時はラーメン屋の名刺も持っていました。メディアでも取り上げてもらい、300メートルぐらいの行列ができました。
いろいろ面白い企画を考えられていますが、佐久間さんは電通みたいな大企業のいちサラリーマンか、ベンチャー企業の社長という大きなポジションを選ぶとしたらどっちにしますか?
ベンチャーの社長とかはちょっと憧れる部分はありますね。自分のなかになんらかの使命感があればやるのでしょうけど、電通も自分で結構いろいろなことをクリエイトできるいい環境です。独立する人も多いですが、やっぱりサラリーマンは気が楽ですね。給料をもらえますし、風邪や病気になって1ヶ月ぐらい入院しても戻って来れる場所もあります。独立したら1ヶ月の休養で仕事が流れてしまいますよね。そんなリスクを追ってでもやりたいことではない限り、あまり安易にやめるのはどうなのかな。
「おもしろいのスペシャリスト」である佐久間さんの未来はおもしろくなりますか?
現実的なこと、今がおもしろいと思っています。大学生なら遊ぶこと、社会人なら仕事をすること、親になったら家庭のことなど、やっぱりその年代で楽しいことは変わっていきます。でも年を重ねることによってつらいことも増えてる。責任も増えるし、死ぬ人も増えます。やっぱり失うものが増えていきます。だからこそ、経験など手に入れるものを増やしていくのが人生ですよね。
最後に人生の中で影響を受けた作品についてお聞かせください。
高校生男子が主人公ですが、どんなに立派な本を書いてもその人の顔がかっこよくなければ意味がない、といった生意気で偏った考え方をしています 。青春群像劇みたいな小説ですが、こういう人物像は好ましいなと思って影響を受けたかもしれないです。
幼稚園の時に読んで、小さい頃に大好きだったんですよ。ハリーという白に黒いブチの犬が遊び回ってどろんこになったせいで、飼い主から別の犬と間違えられちゃう。そこで、大嫌いなお風呂に自分からよろこんで入ります。別に大した話じゃないけど、犬を飼った時に無意識に音の近い「ビリー」という名前をつけていました。
アカデミー賞を獲って絶賛された映画ですが、起伏性というのもほとんどなくて、子供がミスコンに出るために家族がワーゲンバスで行くロードムービーで、見るとずいぶん前向きになれます。随所にアイデアが散りばめられています。
佐久間崇さんプロフィール
1975年東京都生まれ。1998年、早稲田大学卒業と同時にADK入社。2009年に電通に入社、現在はクリエーティブ・ストラテジスト。受賞歴にカンヌ国際広告祭銀賞、アドフェスト金賞、スパイク入賞など。
ローランド リチャード
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