誰でも馴染めるテックコミュニティーの作り方とは?Pythonイベント主催者に訊く

プログラミング言語の中でも人気を博すPythonについてプログラマー達が語り合うPython Conference(通称PyCon)が世界中で開催されている。PyCon Irelandもその1つだ。各国からPython愛好家が集まり、講演を受けたり知見を交換したりして知識を深める集まりである。

自分もその1人の講演者として選ばれた。講演内容は、ソースコードの解析からCPU命令までの変換までPythonの実行系統についての解説である。

通常のPycon Irelandは毎年開催されているが、コロナ禍の中で度々延期を重ね、3年を経て遂に再開できたのである。今回は登壇のついでに、この集会を主催したPython Irelandの会長、ニコラス・ローランスからこの規模のイベントを運営する難しさとやり甲斐について伺った。

「君が日本から来た『クレイジーガイ』か。」会議室に向かいながらニコラスは驚きの言葉を放った。確かに、昨今の情勢で渡航ルートが著しく制限された中、片道20時間を費やして日本からかけ離れたアイルランドへ飛んだのである。エコノミーシートに束縛されて全身が筋肉痛のはずだったが、イベントに登壇する嬉しさのあまりに痛みのことは忘れていた。

以下がPycon Ireland会長のローランス氏とのインタビューである。

PyCon Ireland会長のニコラス・ローランスが取材に応じた

プログラマーのコミュニティーを育てる

Pycon Irelandの起源について教えてください。

我々は非公式の愛好会として始まりました。パブで集まった6人から少しずつ拡大していきました。最初のPycon Irelandを開催してから13年が経ち、今日のように組織的にカンファレンスを開催しています。

拡大するにつれて、愛好会は正式な組織として法人登記されました。ですがまだ非営利の団体であって組員の誰もが報酬を受け取っていません。

ご覧のように、フレンドリーなイベントを心がけています。

非常に友好的な雰囲気ですね。こういう親切な人はどう見つけるんですか?

見つけないんです。大袈裟にならないぐらいに親切に振る舞って、口コミでそういう人が集まってきたんです。

我々が作りたいのはコミュニティーです。学校ではありません。カンファレンスの講演は授業ではないのです。授業を受けたい方は大学やオンラインの教材を当たるといいでしょう。ここで提供したいのは人との繋がりです。ここでモチベーションを刺激し、視野を広げて、これまで遭遇したことのないアイデアに触れて欲しいのです。

興味の視野を広げることで、さらに溝にハマっていくことでしょう。コンピューターサイエンスの学者である我々は何かに没頭することが大好きです。だからその楽しみを提供しようとしています。

お金無しでは成立しない

法人としてはどのような出費があり、どう賄いますか?

出費項目としては会場費、配布するTシャツ、字幕担当者、カメラと音声の技師などの事業者へのお支払いがあります。財務を監査する会計士もいます。

年間5万ユーロほどの収益があります。コミュニティーのためのイベントであり、その一員である私も自分のチケット代を負担しています。

会長でありながらチケットを買っているんですか?

そうです、みんなが支払うのである。理想のカンファレンスでは全員が登壇者となりますが、そうしたら誰も支払わないでしょう。誰が費用を賄うんですか?

無料でチケットをもらえるのは金銭の補助が認められた方のみです。強い動機を持ちながら経済的理由で来られない人のために補助金を提供しています。

法人の参加者には一般枠の4倍ほどの値段に設定している企業枠でのチケットがあります。なにしろ企業は金銭の余裕がありますから。ダブリンでは法人税が個人税の25%に設定されています。ましては、無償で公開されているオープンソースのプロジェクトを利用して収益を得ているのです。企業もダブリンのITコミュニティーとの繋がりを求めていますから、お互いのために長い付き合いをしています。

収入を得る機会は年に一度のPycon Irelandのみですか?

実はもう1つのカンファレンスを(アイルランドの地方都市である)リメリックで開催しているんですよ。コロナ禍の前に3回ほど開催しました。コロナ禍以来、最初に再開したカンファレンスはPycon Irelandですが、2023年3月25日にリメリックでも再開します。

Pycon Irelandではなるべく多くの方を招きたいですね。なにしろPycon Dublinと称して開催している訳ではないので。ダブリンはアイルランド経済の中心であり、リメリック、ゴールウェイ、コーク、スライゴの地域からも人を呼びたいのです。同時に、あなたのようにダブリンにいる方は西方にある田舎の絶景を見に行くといいですよ。

(あいにく会社員である筆者は有給不足で行けなかった。)

リメリックはPycon Irelandの親戚のようです。参加者数はPycon Irelandより少なく、150人ほどを想定しています。地方の1日限定のカンファレンスであり、Pythonだけでは人が集まらないかも知れないので、関連技術の従事者にも開放しています。例えばPythonはよくLinux上で実行するので、Linux関係の講演を用意しています。その他の実行環境であるKubernetesのワークショップも計画しています。リメリックでは他の技術に触れられるように設計しています。

コロナによる分断を乗り越える

世界中から参加者が集まった

Pycon Irelandはコロナ禍にどう向き合いましたか?

これまで月例定例会を開催していましたが、コロナ禍になって初めて流会となりました。何をすればいいか分からなかったのです。事態が長期化すると勘付いたので、Zoomの有料プランに課金してオンラインに移行しました。おかげさまで地元のみならず、オランダ、ドイツ、ハンガリー、インド、カナダ、そしてアメリカなど世界中から登壇者を呼ぶことができました。

Pycon Irelandの改善方法について着想を得るために他のカンファレンスを視察していますか?

家族との時間を確保しているので、なかなか視察に行けていません。ですが、あなたのように他のカンファレンスに参加する方々から話を聞いています。また、参加者全員にアンケートも送っており、それを反省会で振り返っています。急激に改善することはできませんが、緩やかに「進化」を遂げています。

みんなによるみんなのためのカンファレンス

会場では軽食が充実していた

コミュニティーを支援したい有志にはどんなことができますか?

最善の方法が、月例定例会に登壇することです。月例定例会でこそこのコミュニティーの精神が見えます。

登壇してみたい方のためにコーチングプログラムを用意しています。8時間にも及ぶ1日集中プログラムでスピーチの訓練をします。訓練を受ける代わりに月例定例会で話してもらいます。お互いにとってWin-winです。

双方の理解があるフレンドリーな環境の構築を心がけています。過去には一部の登壇者が恥をかくと思って登壇を嫌がった人もいます。我々はそんなことをしたくありません。収録した講演が良くなかったら、登壇者や主催者にとってメリットがありません。なので無理して公開することはしません。

他にPyCon Irelandを支援する方法はありますか?

委員会に参加することもできます。特に法律や技術の知識を要さない事務的な仕事内容です。コミュニティーマネージャーやソーシャルネットワークの運営者、デザイナーなど我々が方法を知らないことを任せたいのです。1時間だけでも手伝ってもらえればいいように、タスクを細かく分類しています。我々も組織の代謝のために、常に新しい人を迎え入れたいのです。

私自身も空いた時間を費やしています。毎朝土曜日に少し早めに起きてメールに回答しています。一部の人は即答を願っていますが、そこまで早く対応できないのです!対応するべき課題をチームメンバーに依頼し、また次の土曜日に対応します。長期的な業務ですので、疾走ではなくマラソンを走っています。

舞台はあなたを待っている

司会者を含め、全員がボランディアである

登壇者の選び方について教えてください。

例え採用されない応募があっても、我々はありがたく受け取ります。興味を示していただけて嬉しいです。

登壇者の採用にはバランス感覚が必要です。質の低い応募はすぐに弾くことができます。なにしろ記載されているのはたった2行で、内容が伝わらないタイトルをつけています。あまり魅力的ではありません。

質の高い応募は興味を引くタイトルと、それが実現できると感じさせる具体的な説明が付いています。面白い講演をするために時間を費やしたことが伝わってきます。

初心者向けから上級者向けまで幅広い話題を取り扱いたいので、それに応じて幅広いバックグラウンドを持つ登壇者から選んでいます。中にはPython初心者、データサイエンティスト、ベテラン開発者、ゲーマーなどがいます。例えばPythonを用いたゲーム開発はとても珍しいですので、ぜひ応募してください!

講演内容の他に登壇者の熱意、経歴、経験を考慮します。初めて講演をする方にはすでに月例定例会での登壇機会を提供していますので、選考から外しています。全国レベルのカンファレンスなので、選考水準を高くしなければなりません。

どんな方が登壇者を選考していますか?

困ったことに、私はウェブ開発以外でPythonを使ったことがありませんので、それ以外の用途には明るくないのです。データサイエンティストではないので、何が高品質なデータサイエンスの講演なのか判断できないのです。しかもPythonの利用目的としてデータサイエンスの需要が高いじゃないですか。

なのでコミュニティーにデータサイエンティストが必要なのです。今回は内部で十分な人数が在籍していなかったため、外部から専門家を呼びました。関連する応募について採点し、限られた枠の中に登壇者を採用することができました。選考委員はPython Irelandの会員や過去に登壇経験を持つ外部の専門家などで構成されています。

これが最善の方法なのかは分かりません。常に改善の余地があると考えています。我々はバランスの確立された講演のラインアップを提供しなければなりません。異なる背景を持つ選考委員があらゆるバイアスを持つことで、全体として偏見がないようにしています。

選んだ登壇者が全員来れますか?

必ず来られるとは限りません。昨日は登壇枠の数時間前に、奥様がコロナに感染したと連絡してきた登壇者がいて、その人が来ることができませんでした。なので早急に他の登壇者を呼びました。突然の要請に応じることは大変だと理解しており、代打をされたその人に感謝しています。カンファレンスの運営をスムーズに見せるためには、常に代案を用意しなければなりません。

コミュニティーの未来

Pycon Irelandの展望について教えてください。

この1年以内だと、リメリックのカンファレンスと来年度のPycon Irelandがあります。個人的には後継を探しています。この役職を数年は勤めていますが、ノウハウを学ぶために何年かかかります。この役職を継ぐ方は最低でも3年間在籍している必要がありますね。次の世代をぜひ育てたいです。

人気なコミュニティーを運営するためたくさんのノウハウが必要でしょうね。このインタビューを通して、より多くの方がこのコミュニティーの抱負に共感することでしょう。


一部の写真はPyCon Irelandによる提供

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ローランド リチャード

ローランド リチャード

1994年、東京生まれ。大学時代にリッキーレポートを始める。現在は会社勤めしている。 社会人生活を始めてから更新が途絶えるものの、また新しい記事を投稿したい思いを持っていた。

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