「Dの食卓」故・飯野賢治の遺作KAKEXUNで <至高体験>を味わう

「Dの食卓」などヒット作を世に送り出したゲームクリエイター・飯野賢治さんにお会いした際、大胆不敵で独特なオーラに圧倒された覚えがある。そんな彼が残した企画書を実現しようと、彼の意志を受け継いだクリエイター達が立ち上がった。飯野さんとの親交が長い江口勝敏さんがプロデューサーを務める遺作の「KAKEXUN」(カケズン)について伺った。

元々江口さんは音楽業界出身ですよね。

最初はミュージシャンとして音楽業界と関わりはじめて、業界の階段をひたすら上っていきました。1996年にレコード会社をつくり、アニメソングブームの立ちあげを行ったと自負しています。その後CDの売れ行きは落ち込んでいきこれからは音楽が配信される時代だと確信し、コンテンツを提供してサービスモデルを作る側に舵をきりなおした感じです。

ゲームとの関わりで言うと、ファミコン・スーパーファミコンの時代があって、僕もゲーム好きでした。アーティストプロダクションを経営していた90年代初頭頃、イギリスにいた音楽プロデューサーのマーティー・ヒースと出会い、彼が持っていたレネゲートというゲームのレーベルを紹介してもらい、彼らの作品2作(Gods/Xenon2)を移植し、日本に出したのがゲーム業界に入ったきっかけです。

どのように飯野さんと出会いましたか?

1995年春に「Dの食卓」が出たんですね。映画的手法を活用したサスペンスゲームだけど、そのリーフレットを見て、「なんかとんでもなくおもしろい奴がいるな」と、思いました。早速そのサントラ音楽をリリースさせてもらえないかと思いコンタクトを取りましたが、いくら連絡してもスケジュールが出てこないんですね「いま忙しいから」と言われて。

その後毎月連絡をとって様子をうかがうんですね。ただ、それでもスケジュ−ル出してくれない。で、そのうち当時広報をやっていて、飯野さんのスケジュール調整をしていた岡田さんという担当の方と仲良くなるんですよね、毎回岡田さんから「申し訳ないですが飯野が忙しくて・・・」と言われている身分なんで(笑)。

ある日、僕はその当時、3D立体音源制作の仕事も立体音楽レーベルを作ってリリースしていたんですが、たまたま岡田さんにその話をしたんですよ、「いまそういえばこういうのやってるんですよね」って。
その時はそれを伝えただけで、いつものように「また、じゃまたかけます」ってなったんですが、そしたら折り返し岡田さんから電話があって、「飯野が江口さんと明日会いたいと言っています!」と。

多分その電話の内容聞いていたんじゃないですか?横で(笑)。で、初めて出会うことになったんですが、それは、最初に電話してから6ヶ月後の出来事でした。ずいぶん敷居は高かったです(笑)。その頃ちょうど飯野も3D立体音源に興味が出始めた頃だったんですけどね。

飯野さんは多彩な興味を持っていますが、KAKEXUNでは宇宙がテーマです。どのようなきっかけで興味を持ったと思いますか?

飯野の場合、子供の頃から親父さんがそういう不思議な世界の話が大好きだったみたいですね。家には学研の「ムー」が創刊号からあったと言ってました。本人もやはりオカルト系の本は好きだったんですが、それ以上に雑誌「ニュートン」や科学系の単行本をずっと読んでいました。
おやじさんの蔵書であった「ムー」、その当たりがひょとして最初かもしれませんね。誤解を恐れずいいますが(笑)。

ついでということでもないんですが、また、思春期に思い悩むことは誰でもありますよね?、彼もそんな時期に哲学との出会いもあったようで、人間とは何か、生きることの意味や、物理学、科学というものから、ニューサイエンス、文学作品、SFや各種最新のマンガまで(笑)とにかく幅広くあらゆる本を読み込んでいました。

江口さんは18年間の親交がありましたが、今でも飯野さんの頭の中には理解できないことが多いですか?

本質的に彼が世の中のことや宇宙で起こる現象というものをどう感じ、どう見ていたかっていうのは、よく話しこんでいたので、すごく理解できるんですよ。僕の解釈の中なんですけどね。
でもそれを彼の軸の中で、どういう価値としてどう演出して、どう作品に落としこんでいったのか、というのは彼独特のものですね。そういう意味ではそのプロセスというものは分からないものです。

開発中のKAKEXUNはどのような作品ですか?

よく言われることなんですが、宇宙論や哲学を扱い、数字で出来ている宇宙の謎を解くとか、ただでさえ分けわからない(笑)、で、しかも抽象的概念を中心に構築される作品のことなので、こんなものゲームじゃないって業界からは相手にされてないです(笑)。
勿論僕らは、いわゆる一般的なゲームを目指そうとは考えていないけど、ただ、人々に伝える手法としてのゲームを否定している訳ではないのです。

その中核となる、ゲームのメカニズム、これをどう作っていくかのアプローチが今のところ試行錯誤の連続なんですね。なぜならテーマがテーマですから(笑)。従来のゲームはなんらかの報酬の応酬で、アドレナリンを放出させて個的快感を提供する。それだけが目的化されているものも多い。そこをね目的化することは避けて通りたいんですよ。宇宙論の出番がないから(笑)じゃぁそういうものじゃなかったらなんなのか?
で、最近の結論としては、KAKEXUNは至高体験を求めるものなんです。ピーク・エクスペリエンス。

ステージに立ったことある?

僕はむしろよく鑑賞する方ですね。

音楽のライブ・あるいは芝居・バレエとか、スポーツでもそうですが、身体性をともなった表現活動をオーディエンスを伴って表現する人間は、時にものすごくハイな領域に入る。俗にいうゾーンに入るというやつね。それは通常の人間の快感を感じる意識よりもさらに上のレベルで、大げさに言えば生きている喜びに包まれる純粋な空間、至高体験を味わえる世界なわけ。
ま、そこまでいくとスーパーゾーンといったほうがいいかな、松岡修造的には(笑)。

とにかくそれは、時間感覚から言うと数秒から数十秒の体験なんですが、プレイヤーというものはその至高体験をまた自らが体験したくて、その表現を一生涯追い求めていくもんなんです。ステージに上った人間だったら分かるはず。
ただ、PCやスマホのゲームでその身体性とどうリンクできるのか、そこが大きな課題でもあるんです。ゲームというものとして、ふつうそれは無理だから(笑)。

スマホで出す予定ですが、そのような体験を再現できますか?

音とタイミングが非常に重要です。背景音楽や効果音をどういじり、映像はどうフィットさせ、キャラクターがどういうことを伝え、どんな記号を何時のタイミングで放つのか。どうやって五感を刺激していってプレイヤーに至高体験に近いものを感じ取ってもらうのか、ということが重要な課題なんですね。

ゲームクリエイターの飯田和敏くんが、このKAKEXUNの企画に乗ってくれてプロジェクトは始まったんですけど、彼の過去の作品はアートを規範とする表現手法を使っていて、プレイヤーが何をしたらいいのか分からないほど(笑)、自由度が高い革新的なゲームを生み出す事に成功しています。飯野は生前彼のことを認めてたし、今回のような、ま、言ってしまえば奇妙なコンセプトに(笑)、彼はすごく馴染んでくれています。

KAKEXUNは飯野さんが亡くなる1ヶ月前に提案した企画書をもとにしていると聞きました。

10ページちょっとのものでしたが、見た目は単純なカリキュレーター(計算機)みたいなものでした。そこに出てくる計算に対して解答を出して、それを同時にプレイしている全世界のみんなと競い合い、ランキングに載る感じ。いわゆる計算オリンピックなんです。
何をもってしてそれを良しとして、彼が企画に落とし込んだっていうところの本質はもういまや分からない。聞き込んで議論したかったんですが。

ただ、彼はやっぱりゲームクリエーターとして何十年もの歴史を辿っていく中で、最終的にそのようなアプローチを選んでいるんですね。実は、そのプロセスの中で、どういう洞察が行われて、どういう経緯の中で、これがベストだっていう風に言い切ったのかっていうことが、このような場合非常に重要な事なんですが、それはもう想像の領域でしかないんですね。残念なことですが。

確かに開発中のゲーム画面に四足演算が出ていますね。

最初は暗算を繰り返して、特定のタイミングで、ある種の刺激を演出します。例えば、ストーンと音がしたり、どどーんと火山が噴火したりね。それに従ってゲーム内の世界に存在する山脈が変化する。これを繰り返すことによって、数字をやり取りして世界を作っていくことを快感に感じられるようになる。問題に慣れたら2桁 ものを出題して世界を変える力も2倍になりますよと。今はそのロジックを作っている最中です。

なんで数字ですか?

古代ギリシャの先人たちがいろいろな議論を街中でしているなかで哲学というものが生まれたんですが、その思考の中で、宇宙(天体)と人間に相似・相関関係が見出され、それは数学によって計測可能であるということが証明されてきたという歴史があります。最初は占星術として生まれ育まれ、それは天文学という科学に発展していってるんですね。
そこを基板に人びとは力学と燃焼系を作り上げ、人類は火星探検まで行っている現代があるわけです。

数字というのは記号で二次元のフィルターで見ているものですが、数学というのは抽象思考のロジックで、僕らの知ってる次元を超えたものなんです。ただKAKEXUNの場合は、数字というのはあくまでシンボル(メタファー)として出てくるものとしていて、計算というプレイヤーの脳の体験から、独自の宇宙感を体感、創造していきたいんですよね。

一般的に難解かもしれないコンセプトを持った作品ですが、KAKEXUNをどのように広めるつもりですか?

飯野の企画書での構想では、100万人無料ダウンロードアプリとなっていました。それだけの方々にはダウンロードしてもらいたいというのがありますね。でも彼は、実際にやれば500万くらいにはすぐ達すると思う、と言っていましたが(笑)。

ただ、現在は、フリーミアムでとにかく無料で提供していく初期段階があり、そこからプレイヤーの方々の母数を拡大して、あとからの課金モデルなのかなと、一般論を踏まえてイメージしているんです。
ただしホントのこというと、実はまだビジネスモデルなんて考えていません。クリエイターやチームはそこに縛られてはいけないからです。

ここは一般のゲーム制作とは全く逆ですね(笑)。したがってマーケティング手法の検討など、まだ手を付ける段階ではないと考えています。

最後に人生の中で影響を受けた本についてお聞かせください。

世界神秘学辞典

もう30年以上前の本なんだけど、これは昔読み込みました。何故か知らないが、この系譜は確認すべきだという未知の義務感に駆られ(笑)、線を引いて勉強した。
これまでにこういう博物学の手法を使って神秘学というものををまとめた本は日本になかったんです、おそらく世界でも稀有のものだと思います。
これを書いた荒俣宏さんには、最近の動向も追った続編を出してほしいと懇願します(笑)。ただし、その場合はもう科学の最前線の動向も、ごく自然に入ってくると信じていますが。

現代社会と資本主義の抱える問題点、ま、西洋の歴史と人類史が生んだ抑圧の思想というか、構造を、かつてない洞察をもって語ってくれています。
一言で言えば「世界は精緻な構造と力学の計算の上に構成され、そこに恐怖を伝播することによって人びとは支配されている」
欧米でベストセラーになりました。知識層が暗に語ることのなかった本質を、見事なまでの説得力でドキュメントするとんでもない本ですが、決して陰謀論ではありません(笑)

ブライアン・グリーンというコロンビア大学の物理・数学教授が、時間と宇宙と量子力学の最先端の研究について、熱意を込めて大変わかり易く解説してくれています。現在の研究者は、もう唯物論を超えたところの宇宙を実感していることに気付かされます。前書「エレガントな宇宙」も読んでおくべき良書です。
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江口勝敏さんプロフィール

東京都生まれ。音楽プロデューサーとして「さよなら人類」で91年レコード大賞新人賞他、多くの受賞経験あり。現在はフロムイエロートゥオレンジ代表取締役CEOであり、KAKEXUN(カケズン)プロジェクトでは、プロデューサーを務める。
 
KAKEXUN公式サイト http://www.kakexun.asia/
 

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ローランド リチャード

ローランド リチャード

1994年、東京生まれ。大学時代にリッキーレポートを始める。現在は会社勤めしている。 社会人生活を始めてから更新が途絶えるものの、また新しい記事を投稿したい思いを持っていた。

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